愛甲さんは一学年上の先輩。
同じ学部だったので、一般教養の講義のノートを貸してあげたりもしていた。(貸してもらうことは無かったけど…)
ビートルズ以外にも同じような音楽が好きで、映画なんかも小津が好きだったりして趣向がよく似ていた。
オレは面倒くさがり屋に加えて、人前に立ったり、団体行動が苦手。
そんな性格だから、ギターは弾いていたけど、一年生の時は結局バンド活動はしなかった。
オレが二年生になった時、愛甲さんはスモール・ビーンズというバンドを作って、強引というか無理矢理オレをメンバーにした。
音楽は聴くだけでは面白くない。
メンバー間で煩わしい事もあるけど、音楽にはバンドという楽しみ方もあるんだよってオレに教えようとしたのかもしれない。
今にして思えば、愛甲さんはオレの性格を見抜いて、最初の一歩を踏み出させる為、バンドのメンバーにしたような気がする。
あの時、愛甲さんがオレをメンバーにしなかったら、オレは結局バンドをする事は無かったのかもしれない。
愛甲さんの訃報に接し、家中探してみたら、1989年の早稲田祭のステージの音源が出てきた。(TDKのカセットテープ)
祈る思いで業者に持ち込んだら、奇跡的にCDに落とせた!
ほぼ30年振りに聴いた。
改めて聴き直してみるとオレはペンタの超テキトー弾き。
ああしろとか、こうしろとか、愛甲さんは指示や文句の類は何も言わなかった。
知識だけでは頭でっかちになってしまう。
兎に角バンドをやってみる事が大事なんだよ、と教えてくれていたような気がする。(バンドをやらない人を貶しているのではありません)
今年の春、妙にラバーソウルが聴きたくなって連日聴いていた。
去年、三学年上の谷口さんが愛甲さんに会った際「ラバーソウルは本当に素晴らしい。自分が亡くなった時はかけて欲しい」みたいな事を言っていたらしい。
何か虫の知らせだったのだろうか。
オレがUターン就職した関係もあり、大学卒業後は数える程しか会えなかった。
最後の再会は二年前のポール名古屋公演。
人づてに病を患った事は聞いていた。
少し喋りにくそうだったけど、思いの外元気そうで何だか安心した。
コンサートは隣り合わせの席で堪能した。
コンサートの後、タクシーを拾って愛甲さんを宿泊するホテルまで乗り合わせて送ってさし上げる事が出来た。
大したことではないけれども、少しは役に立てたかな?
そうだったのであれば、恩返しには程遠いけど、少し嬉しい。
住村 政樹
私にとって、住村さんはステージ上が大好きなギタリスト&ヴォーカリストなイメージであり、ステージ上で発揮する個性が素晴らしいと思っていました。そのきっかけは愛甲さんが強引にきっかけを作ってくれたからだったんですね!
人に変革を起こすきっかけを与えられる人って本当にすごい。
愛甲さんにたくさんの刺激をもらったこと、そして刺激をもらった、たくさんの素晴らしい人たちに出会えたことは、私の宝物です。
スモールビーンズ、愛甲さんとともに思い出深いバンドです。 懐かしい音源をありがとう。 愛甲さんは幅広い音楽知識を持っていて思い入れのある曲も多岐に渡っていましたが、ラバーソウルは常に好きだったんでしょうね。 スモールビーンズでもIn My Life, If I Needed Someoneが選曲されていました。 ※預かったCDからSoundcloudに数曲アップロードしました。
<https://soundcloud.com/koji-tachi/sets/small-beans/s-pnaDkUjvjLm>